『閉店まぎわの銭湯と三毛猫』
——閉店五分前。三毛猫のおはぎは、のれんの前から動かない。
────────────────────────
下町の小さな銭湯「ほたる湯」。閉店まぎわ、主人がのれんを下ろそうとすると、三毛猫のおはぎが入口に座りこんで動かない。そこへ、終業が遅れた作業着の男が息を切らせて走ってくる。主人はため息をついて、のれんをもう一度掛け直した。
おはぎ(三毛猫)(主人公)——右目の上の黒い模様と少し曲がった短い尻尾が特徴の看板三毛猫。
源さん(「ほたる湯」の主人)——下町の銭湯を切り盛りする江戸っ子の主人。
作業着の青年(夜間工事帰りの常連客)——いつも閉店ギリギリに駆け込んでくる真面目な職人。
深夜の下町。藍色の暖簾がかかる小さな銭湯『ほたる湯』の軒先から白い湯気が立ち昇り、入口の真ん中に三毛猫のおはぎが座っている。
23時55分 ほたる湯
法被姿の主人が『さて、閉めるか』と暖簾に手をかけた。だが足元のおはぎは石のようにどっしりと座り込み、てこでも動こうとしない。
その瞬間、空気が凍りついた。『おいおい、もうじき日付が変わるぞ』と苦笑する主人を、おはぎは琥珀色の瞳でじっと見上げ、路地の奥へと耳を向けた。
夜の商店街の向こうから、首にタオルを巻いた作業着姿の青年が、白い息を切らして懸命に走ってくるのが見えた。
その瞬間、空気が凍りついた。主人はやれやれと肩をすくめて笑い、外しかけた藍色の暖簾をもう一度掛け直した。頭を下げる青年の前を、おはぎが案内するように誇らしげに歩いていく。
*
湯船から心地よいお湯の音が響く中、番台の上で丸くなったおはぎは、湯気に包まれながら幸せそうに目を閉じた。
日常のわずかな綻びから始まった『閉店まぎわの銭湯と三毛猫』の真実は、静かな余韻を残して幕を閉じる。だが、彼らが選んだその先の未来はまだ誰も知らない。