『毎晩となりの部屋から私の声がする、鏡の前で笑うのは誰』
——真夜中
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鏡の前にいる真紀の口元がかすかに動く。壁に響く「おやすみ」をとなりからの声だと思い、振り向いて壁に耳を寄せる。
野々村 真紀「今、私の声で「おやすみ」って…」
真紀が寝室の壁に手を当て、となりの部屋は空っぽで誰もいないと知る。声の正体は分からないまま。
野々村 真紀「壁の向こうのこの部屋は空き部屋で、誰もいない。そのまた隣が、同僚の理恵さんの部屋なのに」
寝室に戻った真紀の横で、鏡に一瞬だけ知らない笑顔が映る。
野々村 真紀「鏡の奥で、笑ってた…?」
*
顔を洗いに来た洗面所の鏡には、自分しか映らない。
野々村 真紀「こっちの鏡は、私だけ…」
壁の向こうから理恵の声がして、真紀は洗面所で立ち止まる。理恵は空き部屋ではなく、壁続きの隣の部屋から話しかけている。
小柳 理恵の声が響いた。「毎晩、あなたの声が聞こえるの。今の「おやすみ」も、壁ごしに」
野々村 真紀「理恵さんの部屋は、空き部屋のそのまた隣なのに…」
*
寝室に戻り、時計を見ると毎晩同じ時刻に声が聞こえると気づく。
野々村 真紀「寝室に戻って、時計を見ると…毎晩、この時刻に決まって」
時計を持ったまま鏡の前に立つと、また笑顔が映る。その顔が自分に見えてくる。
野々村 真紀「さっきの笑顔……私の顔に見えてくる。」
真紀本人と鏡像の唇が同時に動き、無意識の「おやすみ」が漏れる。冒頭と同じ響きが壁から返り、真紀は声の主も笑顔も自分自身だったと悟る。最後の二秒は台詞なし。
野々村 真紀「おやすみ……私、無意識に言ってた。壁に響く自分の声を、隣からだと思ってたんだ。」
真紀は鏡の前で「おやすみ」と呟き、その声が壁を通り抜けてとなりの部屋へ届く。
野々村 真紀「おやすみ。…空き部屋を通って、理恵さんにも届いてたのね。」
小柳 理恵の声が響いた。「今夜も、聞こえたよ」
壁の向こうで理恵がその声を聞き、真紀は鏡の中の自分と微笑み合う。
小柳 理恵の声が響いた。「今夜も、聞こえたよ」