【公式映像脚本】『最後のランドセル』
■ あらすじ
閉店まであと3日。72歳のかばん職人のもとに、アメリカから来た少女が古い赤いランドセルを持ち込んだ。
それは、亡くなった母が34年前に使っていたランドセルだった。
少女の願いは、母が描いた一つの星を消さずに残すこと。
古い物に残る思い出と、日本の職人の仕事を描く、オリジナルの感動ボイスドラマ。
■ 登場人物
・高橋清次
・高橋直人
・エマ・ウィルソン
・ダニエル・ウィルソン
・少年時代の直人
・真理子(1992年・小学1年生)
■ 本編カット割り台本
【シーン 01】
◆ 01-1
ト書き:10月20日(火)午後 高橋かばん修理店。
エマ・ウィルソン「お願いです! その星を消さずに、直してください!」
◆ 01-2
高橋清次「……このまま普通に使えるように直すには、裏の布を取り替えなきゃならん」
◆ 01-3
エマ・ウィルソン「だめです!」
◆ 01-4
エマ・ウィルソン「その星は……亡くなったママが、子供のころに描いたものなんです!」
◆ 01-5
◆ 01-6
高橋清次「……そうか」
◆ 01-7
高橋直人「父さん! 金曜日で店は閉めるんだぞ!」
高橋直人「もう、新しい仕事は受けられない!」
◆ 01-8
◆ 01-9
nar「閉店まで、あと3日」
◆ 01-10
nar「72歳の職人は、この少女の願いをかなえることができるのか」
◆ 01-11
【シーン 02】
◆ 02-1
ト書き:46年間、かばんを直してきた男。
nar「東京の下町に、小さなかばん修理店があった」
nar「店の名前は、高橋かばん修理店」
◆ 02-2
nar「店主の清次は72歳。26歳のときから、46年間、ここで仕事を続けてきた」
◆ 02-3
◆ 02-4
nar「持ち手がちぎれたかばん」
◆ 02-5
nar「金具が外れたランドセル」
◆ 02-6
nar「持ち主がどうしても捨てられない、大切な品物」
◆ 02-7
nar「清次は、そんな物を一つずつ直してきた」
◆ 02-8
nar「けれど、この店はもうすぐなくなる」
◆ 02-9
◆ 02-10
nar「建物が古くなり、取り壊されることになったのだ」
◆ 02-11
nar「妻と二人で始めた店だったが、その妻も4年前に亡くなった」
◆ 02-12
高橋清次「……長いこと、働いたな」
◆ 02-13
nar「そんな閉店間際の店に、一組の外国人親子がやって来た」
【シーン 03】
◆ 03-1
ト書き:34年前の赤いランドセル。
ダニエル・ウィルソン「こんにちは。まだ修理をお願いできますか?」
◆ 03-2
高橋清次「品物を見てからになりますが……どうぞ」
◆ 03-3
エマ・ウィルソン「これです」
◆ 03-4
高橋清次「おや……ずいぶん古いね」
◆ 03-5
エマ・ウィルソン「34年前のランドセルです」
◆ 03-6
高橋清次「34年前?」
◆ 03-7
エマ・ウィルソン「はい。1992年に、私のママが小学校で使い始めました」
◆ 03-8
エマ・ウィルソン「ママは日本で生まれました」
エマ・ウィルソン「大人になってアメリカに来て、私が生まれました」
◆ 03-9
エマ・ウィルソン「でも、2年前に……亡くなりました」
◆ 03-10
ダニエル・ウィルソン「妻は、このランドセルをずっと保管していたんです」
ダニエル・ウィルソン「娘が遺品を整理しているときに見つけました」
◆ 03-11
高橋清次「……そうでしたか」
◆ 03-12
エマ・ウィルソン「私、小さいころ、ママに日本の学校の話をしてもらうのが大好きでした」
◆ 03-13
エマ・ウィルソン「桜が咲いた日に入学したこと」
エマ・ウィルソン「友達と一緒に、毎日このかばんを背負って歩いたこと」
◆ 03-14
エマ・ウィルソン「このランドセルには、ママの思い出がいっぱい入っています」
◆ 03-15
エマ・ウィルソン「だから、捨てたくないんです」
【シーン 04】
◆ 04-1
ト書き:直せば消えてしまうもの。
高橋清次「肩ひもの根元が破れている」
◆ 04-2
◆ 04-3
高橋清次「ふたの裏も、だいぶ傷んでいるね」
◆ 04-4
高橋清次「この革は長い年月で弱くなっている。前と同じように背負うのは難しい」
◆ 04-5
エマ・ウィルソン「……そうですか」
◆ 04-6
高橋清次「新品みたいに直すなら、傷んだところを大きく取り替えるしかない」
◆ 04-7
高橋清次「特に、この裏地は……」
◆ 04-8
エマ・ウィルソン「待ってください!」
エマ・ウィルソン「この星は、残せますか?」
◆ 04-9
高橋清次「ここを全部取り替えたら、星もなくなってしまう」
◆ 04-10
エマ・ウィルソン「それだけは、いやです」
◆ 04-11
高橋清次「……どうして、この星がそんなに大切なんだい?」
◆ 04-12
エマ・ウィルソン「ママが、初めて小学校に行った日に描いたんです」
◆ 04-13
エマ・ウィルソン「学校に行くのが怖かったから、自分で勇気が出るように描いたって」
◆ 04-14
エマ・ウィルソン「ママは私にも言いました」
◆ 04-15
エマ・ウィルソン「怖くなったら、この星を思い出して、一歩だけ前に進んでごらんって」
◆ 04-16
エマ・ウィルソン「だから、ほかのところが古くてもいいです」
エマ・ウィルソン「この星だけは、残したいんです」
【シーン 05】
◆ 05-1
ト書き:息子が反対した理由。
高橋直人「父さん。ちょっと待って」
高橋直人「今日、新しい仕事は受けないって決めたじゃないか」
◆ 05-2
高橋清次「……ああ」
◆ 05-3
高橋直人「金曜日には、道具を全部運び出さなきゃいけない」
高橋直人「それに、最近は長く働くと疲れるって言ってただろ」
◆ 05-4
高橋清次「分かってる」
◆ 05-5
高橋直人「父さんは、いつもそう言うんだ!」
◆ 05-6
高橋直人「昔から、仕事を頼まれたら何でも引き受けて」
高橋直人「俺との約束まで後回しにしてきた」
◆ 05-7
高橋直人「俺が小学生だったころの、最後の野球大会……覚えてる?」
◆ 05-8
高橋清次「……覚えてるよ」
◆ 05-9
高橋直人「見に来てくれるって約束したのに、父さん、来なかった」
高橋直人「試合が終わってから、店の仕事が終わらなくてって言ったよな」
◆ 05-10
◆ 05-11
◆ 05-12
少年時代の直人「父ちゃん、今日こそ来てくれるって言ったのに……」
◆ 05-13
高橋直人「俺は、仕事が嫌いなわけじゃない」
高橋直人「父さんが倒れるまで働いてほしくないんだ」
◆ 05-14
◆ 05-15
nar「清次は、何十年も前の約束を、今でも覚えていた」
nar「そして、息子がそのことをまだ忘れていないことも、初めて知った」
【シーン 06】
◆ 06-1
ト書き:少女が本当に欲しいもの。
エマ・ウィルソン「あの……」
エマ・ウィルソン「私のために、けんかしないでください」
◆ 06-2
高橋直人「ごめんね。大きな声を出して」
◆ 06-3
エマ・ウィルソン「私、土曜日にアメリカに帰ります」
エマ・ウィルソン「二週間後に、学校で家族の思い出を発表する日があるんです」
◆ 06-4
エマ・ウィルソン「みんなの前で、ママが日本で育った話をしたいんです」
◆ 06-5
エマ・ウィルソン「でも、私は人前で話すのが苦手で……」
エマ・ウィルソン「ママのことを思い出すと、今でも泣いてしまいます」
◆ 06-6
高橋清次「そうか……」
◆ 06-7
エマ・ウィルソン「だから、この星があれば、頑張れると思うんです」
◆ 06-8
エマ・ウィルソン「ランドセルは、背負えなくてもいいです」
エマ・ウィルソン「学校の机に、置いて見せたいだけなんです」
◆ 06-9
高橋清次「……背負わなくても、いいのかい?」
◆ 06-10
エマ・ウィルソン「はい」
◆ 06-11
高橋清次「毎日、開けたり閉めたりもしない?」
◆ 06-12
エマ・ウィルソン「はい。大事に飾ります」
◆ 06-13
◆ 06-14
高橋清次「それなら……方法はあるかもしれん」
◆ 06-15
高橋直人「父さん?」
◆ 06-16
高橋清次「普通に使えるようにするんじゃない」
高橋清次「星を残したまま、飾れる形にする修理だ」
【シーン 07】
◆ 07-1
ト書き:最後の依頼。
高橋清次「エマさん。正直に話しておくよ」
高橋清次「古い革を、新品みたいに強くすることはできない」
◆ 07-2
高橋清次「でも、内側に支えを作って、破れたところを補強すれば、飾るための形は整えられるかもしれない」
◆ 07-3
高橋清次「星のある部分は、できるだけ触らずに残す」
◆ 07-4
エマ・ウィルソン「できますか?」
◆ 07-5
高橋清次「……やってみる」
高橋清次「ただし、途中でこれ以上傷つける危険があると分かったら、作業を止める」
◆ 07-6
高橋清次「勝手に、星の部分を取り替えたりはしない。約束するよ」
◆ 07-7
エマ・ウィルソン「はい!」
◆ 07-8
高橋清次「修理代は、一万二千円」
◆ 07-9
ダニエル・ウィルソン「お願いします」
◆ 07-10
高橋清次「木曜日の午後5時までに、できるところまで仕上げる」
◆ 07-11
高橋直人「……父さん」
◆ 07-12
高橋清次「これを最後の依頼にする。金曜日は予定どおり店を閉める」
◆ 07-13
nar「こうして、清次の最後の仕事が始まった」
【シーン 08】
◆ 08-1
ト書き:10月21日(水)午前。
nar「次の日、清次は朝から作業を始めた」
◆ 08-2
nar「けれど、星の周りをよく見ると、予想より状態が悪かった」
◆ 08-3
高橋清次「……思ったより、ひどいな」
◆ 08-4
nar「星が描かれている裏地は、端から少しずつ裂け始めていた」
◆ 08-5
nar「全部取り替えれば、見た目はきれいになる」
◆ 08-6
nar「でも、それでは星がなくなる」
◆ 08-7
nar「反対に、何も手を加えなければ、裏地の破れは広がってしまうかもしれない」
◆ 08-8
高橋清次「ここを無理に縫えば、余計に裂けてしまう……」
◆ 08-9
◆ 08-10
nar「清次は針を置いた」
nar「今の方法では、この星を安全に残せない」
◆ 08-11
nar「約束した木曜日の午後5時まで、残された時間は一日半だった」
【シーン 09】
◆ 09-1
ト書き:10月21日(水)午後。
高橋直人「父さん。昼飯、まだ食べてないだろ」
◆ 09-2
高橋清次「……あと少しだけ」
◆ 09-3
高橋直人「またそれか」
◆ 09-4
高橋直人「そんなに難しいなら、無理しなくてもいいんじゃないか」
◆ 09-5
高橋清次「……あの子の母親が描いた星だけは、残してやりたいんだ」
◆ 09-6
高橋直人「うん」
◆ 09-7
高橋清次「だが、星を残そうとすると、ふたの裏が弱いままになる」
高橋清次「形を整えるために全部張り替えたら、星がなくなる」
◆ 09-8
高橋直人「……ちょっと待って」
高橋直人「エマちゃん、何て言ってた?」
◆ 09-9
高橋清次「背負わなくていい。机に置いて飾りたいと」
◆ 09-10
高橋直人「だったら、ランドセルだけで立たせなくてもいいんじゃないか?」
◆ 09-11
高橋清次「……どういうことだ?」
◆ 09-12
高橋直人「内側に、目立たない支えを入れてさ」
高橋直人「その支えで形を保てば、古い裏地に無理な力をかけなくて済むだろ?」
◆ 09-13
◆ 09-14
高橋清次「……そうか」
◆ 09-15
高橋直人「俺は修理のことは分からないけど、背負わないなら、それでいいんじゃないかと思って」
◆ 09-16
高橋清次「……いや、いい考えだ」
高橋清次「星の周りは触らずに、別の部分で支える」
高橋清次「それなら、できるかもしれん」
◆ 09-17
高橋清次「直人。ありがとう」
◆ 09-18
高橋直人「……いいから、まず飯を食おう」
【シーン 10】
◆ 10-1
ト書き:10月21日(水)夕方。
高橋直人「……これ」
高橋直人「俺のグローブじゃないか」
◆ 10-2
高橋清次「ああ。あの大会のころに使っていたやつだ」
◆ 10-3
高橋直人「まだ持ってたのか」
◆ 10-4
高橋清次「お前が野球をやめたあと、店に置いていったからな」
◆ 10-5
高橋直人「ボロボロだな」
◆ 10-6
高橋清次「……捨てられなかった」
◆ 10-7
高橋直人「どうして?」
◆ 10-8
高橋清次「お前が毎日、一生懸命練習していたのを覚えているからだ」
◆ 10-9
高橋直人「だったら……なんで試合には来てくれなかったんだよ」
◆ 10-10
高橋清次「……あの日は、どうしても修理を終わらせなきゃいけないと思った」
◆ 10-11
高橋清次「でも、ほかの人に事情を話して、少し待ってもらうことだってできたはずだ」
高橋清次「俺が、仕事を優先したんだ」
◆ 10-12
高橋清次「すまなかった」
高橋清次「取り返しのつかない時間だったな」
◆ 10-13
高橋直人「……そうだよ」
◆ 10-14
高橋直人「でも、今日はちゃんと休んでくれ」
高橋直人「エマちゃんのためにも、無理して倒れたりするなよ」
◆ 10-15
高橋清次「……分かった」
◆ 10-16
nar「二人の間にあった長年のわだかまりは、まだ消えていなかった」
nar「それでも、この日は少しだけ、互いの気持ちを話すことができた」
【シーン 11】
◆ 11-1
ト書き:10月22日(木)午前。
nar「木曜日の朝」
nar「清次は、直人の言葉を思い出しながら、新しい方法で修理を始めた」
◆ 11-2
nar「弱い部分を無理に縫うのではなく、傷んでいない場所に力がかかるよう、内側から形を支える」
◆ 11-3
nar「破れた肩ひもは、裏側から補強する」
◆ 11-4
nar「そして、星の描かれた裏地には、できるだけ手を加えない」
◆ 11-5
nar「もちろん、これで毎日背負えるようになるわけではない」
nar「古い革は、これからも大切に扱う必要がある」
◆ 11-6
nar「それでも、母親が残した姿をできるだけ変えずに、飾ることはできる」
◆ 11-7
高橋清次「……よし」
◆ 11-8
高橋清次「星は……残せたな」
◆ 11-9
nar「木曜日、午後4時10分」
nar「約束の時間まで、あと50分」
◆ 11-10
nar「清次は最後に全体を確認し、ランドセルを柔らかい布で包んだ」
【シーン 12】
◆ 12-1
ト書き:10月22日(木)午後5時。
エマ・ウィルソン「こんにちは!」
◆ 12-2
高橋清次「やあ。待っていたよ」
◆ 12-3
エマ・ウィルソン「ランドセルは……?」
◆ 12-4
◆ 12-5
エマ・ウィルソン「……あ」
◆ 12-6
エマ・ウィルソン「ママの……ランドセル」
◆ 12-7
高橋清次「新品みたいには、できなかった」
高橋清次「この傷も、古い色も、そのままだ」
◆ 12-8
高橋清次「背負ったり、何度も開け閉めしたりはしないでほしい」
高橋清次「でも、飾っておくことはできると思う」
◆ 12-9
エマ・ウィルソン「……はい」
◆ 12-10
高橋清次「それから……」
◆ 12-11
◆ 12-12
高橋清次「この星も、残したよ」
◆ 12-13
エマ・ウィルソン「……!」
エマ・ウィルソン「ママの星……」
◆ 12-14
エマ・ウィルソン「ママ……」
エマ・ウィルソン「ちゃんと、ここにいたんだね……」
◆ 12-15
エマ・ウィルソン「ママは、この星を描いたとき、学校に行くのが怖かったって言ってました」
◆ 12-16
エマ・ウィルソン「私も、発表会が怖いです」
エマ・ウィルソン「でも……これを持って、頑張って話します」
◆ 12-17
高橋清次「きっと、お母さんも喜ぶよ」
◆ 12-18
エマ・ウィルソン「……ありがとうございます」
◆ 12-19
エマ・ウィルソン「ママの大切なものを、大切に直してくれて、本当にありがとう」
【シーン 13】
◆ 13-1
ト書き:日本の職人に伝えたい。
エマ・ウィルソン「あの……もう一つ、お願いがあります」
◆ 13-2
高橋清次「なんだい?」
◆ 13-3
エマ・ウィルソン「完成したところを、撮ってもいいですか?」
◆ 13-4
高橋清次「手元だけなら、いいよ」
◆ 13-5
◆ 13-6
ダニエル・ウィルソン「エマは学校の発表会で、この修理のことも紹介したいそうです」
◆ 13-7
エマ・ウィルソン「はい」
エマ・ウィルソン「日本には、古いものを、こんなに大切に直す人がいるって、伝えたいです」
◆ 13-8
高橋清次「……ありがとう」
◆ 13-9
エマ・ウィルソン「学校で発表したあと、ネットにも動画を載せてもいいですか?」
◆ 13-10
高橋清次「顔は映さず、手元だけなら構わないよ」
◆ 13-11
高橋直人「店の名前と、俺が管理している連絡用メールも載せていいよ。父さんの許可を取ってからにしてくれれば」
◆ 13-12
高橋清次「……ああ。それなら、いいよ」
◆ 13-13
nar「こうして、エマは完成したランドセルと、職人の手元を短い動画に残した」
nar「それが後に、海の向こうで広まることになる」
【シーン 14】
◆ 14-1
ト書き:10月23日(金)夕方 閉店の日。
nar「金曜日」
nar「高橋かばん修理店は、予定どおり閉店の日を迎えた」
◆ 14-2
nar「清次は道具を箱に入れ、最後に店の中を見渡した」
◆ 14-3
◆ 14-4
高橋清次「……長い間、ありがとう」
◆ 14-5
高橋直人「父さん。これ、どうする?」
◆ 14-6
高橋清次「お前のグローブだ。持って帰ってもいいぞ」
◆ 14-7
高橋直人「……なあ、父さん」
高橋直人「これ、まだ直せるかな」
◆ 14-8
高橋清次「昔みたいに使うのは難しいだろうが、飾れる形にはできると思う」
◆ 14-9
高橋直人「だったら……今度、一緒に直さない?」
◆ 14-10
高橋清次「……一緒に?」
◆ 14-11
高橋直人「うん。父さんの仕事、少し教えてほしいんだ」
高橋直人「俺も、もう44歳だけどさ」
高橋直人「今からでも、一緒に何かやれたらいいなって」
◆ 14-12
高橋清次「ああ。もちろんだ」
高橋清次「今度は、仕事よりお前との約束を優先するよ」
◆ 14-13
nar「昔の約束を破った事実は、消えない」
nar「けれど、これから一緒に過ごす時間は、まだ作ることができる」
◆ 14-14
◆ 14-15
nar「こうして、46年間続いた店は、静かに幕を下ろした」
【シーン 15】
◆ 15-1
ト書き:11月6日(金)アメリカ。
nar「二週間後、アメリカ」
nar「エマは学校の発表会に、母のランドセルを持っていった」
◆ 15-2
◆ 15-3
エマ・ウィルソン「これは、私の母が日本で使っていたランドセルです」
エマ・ウィルソン「母は、もうこの世にはいません」
◆ 15-4
エマ・ウィルソン「でも、このランドセルを見ていると、母が子供だったころを想像できます」
◆ 15-5
エマ・ウィルソン「ここに、小さな星があります」
エマ・ウィルソン「母が初めて学校へ行った日に描いた星です」
◆ 15-6
エマ・ウィルソン「母も私と同じように、怖がりでした」
エマ・ウィルソン「でも、星を描いて、勇気を出して学校に行ったそうです」
◆ 15-7
エマ・ウィルソン「日本の職人さんが、この星を消さずに、ランドセルを直してくれました」
◆ 15-8
エマ・ウィルソン「古いからといって、何でも新しくすればいいわけじゃない」
エマ・ウィルソン「大切な思い出は、そのまま残した方がいいこともあります」
◆ 15-9
エマ・ウィルソン「私は今日、勇気を出してここに立っています」
エマ・ウィルソン「ママが、そうしたように」
◆ 15-10
◆ 15-11
nar「発表は無事に終わった」
nar「エマは父と相談し、許可を得て撮影した、完成したランドセルと職人の手元の映像を、その日のうちにインターネットに公開した」
◆ 15-12
nar「動画は、家族や友人から少しずつ広まっていった」
◆ 15-13
nar「一週間後、その再生回数は41万回を超えていた」
◆ 15-14
nar「海を越えて伝わったのは、高価な技術だけではなかった」
nar「物と一緒に、持ち主の思い出を守ろうとする、一人の職人の姿だった」
【シーン 16】
◆ 16-1
ト書き:11月13日(金)清次の自宅。
◆ 16-2
高橋直人「父さん、エマちゃんの動画、見た?」
◆ 16-3
高橋清次「いや。どうした?」
◆ 16-4
高橋直人「41万回も見られてるんだよ」
◆ 16-5
高橋清次「……そんなにか」
◆ 16-6
高橋直人「それに、連絡用のメールにも、12件の問い合わせが来てる」
高橋直人「古いかばんを直してほしいって」
◆ 16-7
高橋清次「……もう店は閉めたんだがな」
◆ 16-8
高橋直人「分かってる」
高橋直人「だから、全部引き受けなくていい」
◆ 16-9
高橋直人「父さんのグローブを一緒に直す場所を探してたら、革細工のできる小さな貸し工房を見つけたんだ」
高橋直人「週に二日だけ借りられるらしい」
◆ 16-10
高橋直人「よかったら、今度一緒に見に行かない?」
◆ 16-11
高橋清次「……俺に、また働けって言うのか?」
◆ 16-12
高橋直人「違うよ」
高橋直人「父さんがやりたいなら、無理のない範囲でやればいいってこと」
◆ 16-13
高橋直人「月に何個もやらなくていい」
高橋直人「それに、まずは俺のグローブからだ」
◆ 16-14
高橋清次「そうだったな。約束したんだった」
◆ 16-15
高橋直人「忘れるなよ」
◆ 16-16
高橋清次「ああ。今度は忘れん」
◆ 16-17
nar「二人は工房を見学し、無理なく使えることを確かめた」
nar「清次は、週二日だけそこで修理をすることにした」
◆ 16-18
nar「受ける依頼は月に四件まで」
nar「仕事のない日は休み、息子との時間も作る」
【シーン 17】
◆ 17-1
ト書き:数週間後 貸し工房。
高橋直人「父さん。この傷はどうやって直すの?」
◆ 17-2
高橋清次「ここはね、全部を新しくする必要はないんだ」
高橋清次「古い革をできるだけ残して、弱いところだけを支える」
◆ 17-3
高橋直人「……あのランドセルみたいに?」
◆ 17-4
高橋清次「そうだ」
◆ 17-5
高橋清次「やってみるか?」
◆ 17-6
高橋直人「俺にできるかな」
◆ 17-7
高橋清次「失敗しても、やり直せるところから始めよう」
◆ 17-8
◆ 17-9
nar「72歳の職人は、46年間、人の大切なものを直してきた」
nar「古いものが、すべて元どおりになるわけではない」
◆ 17-10
nar「過ぎた時間だって、戻すことはできない」
nar「でも、大切なものを、これからも守っていくことはできる」
◆ 17-11
nar「最後の仕事になるはずだった、34年前の赤いランドセル」
nar「その小さな星は、一人の少女に勇気を与えた」
◆ 17-12
nar「そして、一人の職人にも、もう一度前に進む勇気をくれた」
◆ 17-13
高橋清次「……さて。ゆっくり、直していこうか」
◆ 17-14