『合鍵を持つ私を、彼氏は配達員だと紹介した』第1話「合鍵を持つ私を、恋人は配達員だと紹介した』
——私が配達員?
────────────────────────
恋人に配達員と呼ばれた直後。皿と合鍵は持ったまま。
北村 美穂の声が響いた。「彼に手作りケーキを届けたら私は配達員だった」
南 健吾「玲奈。俺が作ったケーキ、届いた。」
毎週のケーキも健吾の手作りだと信じていることが分かる。
宮田 玲奈「毎週、手作りしてくれてありがとう。」
右手に持った銀色の合鍵は、皿のすぐ横で見える高さに残る。いつもの差し入れとは違う訪問であることを、合鍵と言葉で示す。
北村 美穂「私の分はない。合鍵も今日で最後。」
南 健吾「配達員は帰って。邪魔したなら謝って。」
美穂は健吾を見て、自分がケーキを作った恋人だと明かす。続けて仕事でも毎日焼いていると言い、単なる配達員という扱いを覆す。
北村 美穂「作ったのは私。健吾の恋人です。」
北村 美穂「仕事でも、毎日焼いてます。」
玲奈の笑みが消えている。
宮田 玲奈「彼女いないって言ったよね?」
健吾は右外の玲奈に向いたまま、美穂のケーキで口説いたと認める。机の上には、切られていないケーキがある。
南 健吾「美穂のケーキで、君を口説いた。」
南 健吾「謝れば許す。来週もケーキ頼む。」
美穂は目に涙をため、右外の健吾を見て別れを言い切る。
北村 美穂「謝りに来たんじゃない。別れに来たの。」
美穂は健吾の部屋の合鍵を机に置く。切られていないケーキの皿は、その隣に置かれたまま。健吾は口を閉じ、驚きで目を見開き、体を固くして美穂を見る。
北村 美穂「健吾の部屋の合鍵、ここに返すね。」
ケーキの本当の作り手が持ち帰る瞬間を、騙されていた玲奈も見届ける位置関係として二人を入れる。美穂は右手で机から自分のケーキの皿を持ち上げる。合鍵は机に残る。美穂は口を閉じたまま落ち着いた表情になる。玲奈は美穂を見て、悲しげな目と固く閉じた口のまま動かない。最初の『配達員』という扱いを、自分の技術を相手に渡さない選択へ変えて閉じる。