『耳なし芳一 ― 夜ごと迎えに来る武者の正体』
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翌朝、芳一を守るはずだった僧が、耳に経文がないことに気づく。昨夜、盲目の芳一は疲れていても死者の供養に琵琶を弾いた。捜しに来た僧は、演奏場所が墓地で、迎えの武者が平家の亡霊だと告げる。寺へ戻った僧は芳一の体に経文を書き、黙って待たせる。しかし耳だけを書き忘れていた。再び来た武者には耳だけが見え、青白い手でそれを奪って持ち帰った。最後に小泉八雲『怪談』に伝わる話であることを語る。
西村 宗平「耳だけ、書き忘れた!」
西村 宗平「芳一を守るはずの経文を……。」
*
芳一は盲目で、両目を閉じている。
西村 宗平の声が響いた。「昨夜、盲目の芳一は……。」
河野 芳一「琵琶で心を慰めたい。平家の供養なら弾きます。」
古い角兜と高い髷。灰色の皮膚がほぼ全面に残った人の死に顔で、人の鼻とひび割れた唇が明瞭。影の奥にかすかな乳白色の瞳。左頬の小さな裂け目に少しだけ骨が見える。髑髏にも仮面にもせず、青い隈取りはない。胸と肩の鎧を通して木の幹が明瞭に透ける。高く痩せた体、不自然な関節、長い灰色の指、腐った黒い鎧とほつれた赤い威。影・足跡・吐息はない。
武田 義久「平家の供養に、琵琶を弾いていただきたい。」
芳一は両目を閉じたまま演奏する。暗く遠い背景に、青白く透ける武者と十二単の女官の群れ。手前の列まで全員、虚ろな暗い目と閉じた口で、体がかすかに発光する。透けた胸の外縁と、その内側を通る木の幹を同時に判別できる明るさにする。裾と下半身は霧に溶け、生身の人に見える人物は一人もいない。群れの間に鬼火。場所は屋外の墓地で、芳一はこの聴衆に気づいていない。
西村 宗平の声が響いた。「武者に導かれた芳一は、背後の聴衆に気づかない。」
西村 宗平「琵琶の音を追って来た。芳一、誰に弾いている?」
古い角兜の下の顔を画面いっぱいにする。骨格に張りついた乾いた灰色の皮膚、残った鼻筋、骨がのぞく左頬の裂け目。髑髏のような干からびた死に顔で、目の窪みは真っ黒、乾いて引きつった唇の間から歯がむき出しになっている。口は動かさない。青い隈取りや化粧色はない。輪郭がかすかに透け、冷たい青い光を放つ。影・足跡・吐息はない。
西村 宗平の声が響いた。「芳一、守るぞ。ここは墓地だ。その透ける武者は、平家の亡霊だ。」
*
両目と口を閉じ、同じ琵琶を両手で抱えたまま、奥の入口から畳の室内へ入る。周囲に暗い木の柱と障子。
西村 宗平の声が響いた。「一緒に寺へ戻ったぞ。経文で守る。」
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芳一は両目を閉じたまま、宗平に経文を書いてもらう。
西村 宗平の声が響いた。「同じ夜、芳一と寺へ戻り、姿を隠す経文を体に書いた。」
芳一は盲目で両目を閉じている。額と首には墨の線、耳には経文がない。
西村 宗平の声が響いた。「経文で姿が消える。でも、声で見つかるぞ。」
河野 芳一「宗平様、黙って待ちます。」
西村 宗平「経文が守る。お勤めに行く。声を出すな。」
義久は古い角兜と高い髷。灰色の皮膚がほぼ全面に残った人の死に顔で、人の鼻と閉じたひび割れた唇が明瞭。影の奥にかすかな乳白色の瞳。左頬の小さな裂け目に少しだけ骨が見える。髑髏や仮面にせず、青い隈取りや化粧色はない。高く痩せた体、不自然な関節、異様に長い灰色の指、腐った黒い鎧とほつれた赤い威。輪郭が透け、冷たい青い光と足元の煙を伴う。影・足跡・吐息はない。
西村 宗平の声が響いた。「経文のない耳だけが、亡霊には見えていた。」
左の義久と右手前の芳一。古い角兜と高い髷。灰色の皮膚がほぼ全面に残った人の死に顔、人の鼻、ひび割れた唇、影の奥のかすかな乳白色の瞳。左頬の小さな裂け目に少しだけ骨が見える。髑髏や仮面にせず、青い隈取りはない。透ける輪郭、冷たい青い光、腐った黒い鎧とほつれた赤い威、籠手から伸びる長い灰色の指。義久は返事を求めて見えない体の位置を探るが、芳一が沈黙を守るため、視線を両耳へ戻す。芳一は両目と口を閉じ、恐怖に肩を固くする。つかまれると小さな横顔が痛みにゆがむが、口は閉じたまま。両耳は最後まで頭についたまま。血や傷はまだない。義久に影・足跡・吐息はない。
武田 義久「お返事を。体はどちらに?」
武田 義久「では、耳だけ持ち帰ります。」
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真っ暗闇の左に義久、右手前に芳一。籠手から伸びる長い灰色の指が、左手で芳一の右耳、右手で左耳を外側へ引きちぎりかけ、手がぶれている。耳はまだ一部がつながっているが、接合部は完全な影。芳一は両目を固くつぶり、眉間と額に深いしわ、涙、限界まで開いた口、見える歯と舌、張った首の筋で激痛の絶叫を表す。冷たい青白い光は中央の顔と亡霊の両手だけに当たり、背景の部屋はほぼ見えない。引き終わった後は左右の手に耳が1つずつ収まり、頭との間に暗い隙間が見える。芳一の頭の両側、耳のあった位置、傷口、切断面は終始完全な闇で、耳のない頭の輪郭は描かない。義久は古い角兜と高い髷、腐った黒い鎧とほつれた赤い威。灰色の皮膚が残った人の死に顔、人の鼻、閉じたひび割れた唇、影の奥のかすかな乳白色の瞳、左頬の小さな裂け目に少しだけ骨。輪郭は透け、影・足跡・吐息はない。障子と戸柱の血の跡は不規則な黒い擦れと細い垂れだけ。
河野 芳一「ぎゃあああっ!」
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障子と戸柱の耳の高さに、不規則な黒い擦れと細い垂れ、裂けたように不揃いな端。耳の絵や輪郭は描かない。下部の畳には、倒れた同じ無地の木製琵琶。弦は1本だけ切れて垂れ、その横に木の撥が落ちている。半明かりに冷たい青い光が残る。
西村 宗平の声が響いた。「返事をしなかったから、芳一は両耳を失っても命は助かった。」
左に義久一人、右に同じ障子と戸柱の不規則な黒い血の擦れと垂れ。義久は奥の入口へ顔を向ける。薄く乾いた灰色の皮膚が骨格に張りつき、鼻筋が残る。左頬の裂け目に骨、真っ黒な目の窪み、乾いて引きつった唇の間からむき出しの歯。口は動かさず、青い隈取りや化粧色はない。高く痩せた体、不自然な関節、長い灰色の指、腐った黒い鎧。右袖口に小さな暗赤色の染み。影・足跡・吐息なし。鬼火が抽象的な血の跡を照らす。
西村 宗平の声が響いた。「芳一は生き延びた。小泉八雲『怪談』に伝わる話だ。」