『娘が誘拐された。犯人は20年前に死んだはずの妻だった 第1話』
——玄関カメラに映っていたのは、20年前に死んだ妻だった
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午前2時14分、玄関カメラに娘を連れ出す女が映った。20年前に港で死んだはずの妻だった。インスリンを持たない娘を、始発フェリーの汽笛までに取り戻せるか。鍵屋の父は、妻の死について誰にも言っていない嘘を抱えている。
真壁 修(主人公・父・鍵屋)——潮見市の古い商店街で鍵屋を営む。20 年前、妻・澪が港で「溺死」し、乳飲み子だった灯を一人で育てた。他人の家の鍵は何百と替えてきたが、自分の家の鍵だけは一度も替えていない。
真壁 灯(娘・大学 3 年(写真学科))——1 歳の時に母を亡くしたと聞かされて育つ。14 歳で 1 型糖尿病と診断され、毎晩インスリンを打つ。父の口癖を真似して皮肉を言う。
真壁 澪(妻・母・「誘拐犯」(20 年前に死亡宣告))——20 年前、港の埠頭から車ごと海に落ちたとされ、遺体は見つからないまま失踪宣告で法的に死亡。実際は生きていた。何のために消えたのかはまだ言わない。灯の病気も、インスリンの量も知っている。
久我 玲奈(潮見署の刑事(20 年前の新人担当))——24 歳の新人で澪の事件を担当し、遺体なしで事故として閉じたことを今も引きずっている。修とは古い知り合い。
玄関カメラの魚眼映像。雨。フードの女が、赤いマフラーの若い女を門の外へ連れ出す。若い女は膝が折れかけ、女が支える。
[午前 2:14]
女が立ち止まり、カメラを見上げる。フードが落ちる。左目の下にほくろ。
作業場。電話の光だけが修の顔を照らす。息が止まる。
画面には玄関と廊下、二つのカメラ。
一時停止した画面の女の顔。
修の肩越しに廊下の結婚写真。花嫁は、さっきの女と同じ顔だった。
[彼女は、20年前に死んだ。]
*
修が跳ね起きる。丸椅子が倒れ、壁の鍵が揺れる。
急な木の階段を駆け上がる。
娘の部屋の扉を叩く。トン・トン・トン、トン、トン・トン・トン。
真壁 修「灯?……灯。」
扉を開ける。ベッドは空。開いた窓からカーテンが吹き込む。
写真学生の部屋。乱れたベッド。
机の上に、インスリンペン。
修の顔から血の気が引く。ペンをつかみ、胸ポケットに入れる。
娘に電話。留守電の声。
OS:akari「はい、灯です。メッセージをどうぞ。」
真壁 修「灯。すぐ電話しろ。」
外観。玄関脇の小さなカメラ。
玄関の鍵穴。傷ひとつない。
真壁 修「誰もこじ開けてない。」
廊下で結婚写真の傾きを直す。手が離れない。
*
作業台の電話が震える。
[非通知]
真壁 修「誰だ。」
OS:mio「まだ、私の写真を壁に飾ってるのね。」
真壁 修「……澪?」
OS:mio「こんばんは、修さん。20年ぶりね。」
真壁 修「灯はどこだ。怪我は。」
OS:mio「無事よ。母親と一緒にいる。」
真壁 修「空っぽの棺を、俺は埋めたんだ。」
OS:mio「なら、私が死んだ場所に来て。」
OS:mio「始発のフェリーの汽笛より前に。一人で。」
真壁 修「あの子はインスリンが要る。ないと死ぬ。」
OS:mio「……なら、急いで。」
通話が切れる。
[通話終了 午前 2:31]
上着と、革巻きのピッキング道具をつかむ。
緊急通報の上で親指が止まり、離れる。
[始発フェリー 午前 5:40]
*
港町・潮見市。雨。
[潮見市]
ワゴンが路地から飛び出す。
OS:akari「お父さん、玄関の鍵また引っかかる。」
OS:akari「人の鍵は直すのに、うちのは直さないんだから。」
手の甲で涙を拭う。
真壁 修「玲奈か。真壁修だ。」
久我 玲奈「修さん? 夜中の3時ですよ。」
真壁 修「澪の記録を出してくれ。港の件だ。」
久我 玲奈「なんで今さら。」
真壁 修「誰が身元を確認した。それだけ教えてくれ。」
久我が棚から古い証拠箱を引き出す。
OS:kuga「あなたよ。コートで。遺体はなし。」
久我の指が、20 年前の通報時刻の行で止まる。
久我 玲奈「通報は11時20分。」
久我 玲奈「車が海に落ちたのは12時5分。」
修は答えない。ハンドルを握る手に力が入る。
久我 玲奈「溺れる前に、溺れたって通報してる。」
修が通話を切る。
モニターに修の電話の位置。久我がトレンチコートを着る。
久我 玲奈「また、なの。」
ワゴンがトンネルに飛び込む。
トンネルを抜け、港へ。
*
前を走るグレーのハッチバック。後ろのドアに赤いマフラーが挟まり、はためいている。
ハッチバックの中。黒い手袋がミラーを動かす。
コンテナの谷を走る 2 台の光。
真壁 修「灯!」
ハッチバックが鎖の遮断機を破る。
跳ね返った支柱がワゴンのフロントガラスを打つ。ひびが走る。
尾灯が霧の角に消える。
ハッチバックは乗り捨てられていた。ドアは開いたまま。
マフラーを顔に押し当てる。
後部座席に薬局の袋。インスリン、針、ブドウ糖。
ポケットのペンと見比べる。同じ薬だった。
真壁 修「なんで、知ってる。」
写真が届く。毛布にくるまって眠る灯。
[写真を受信 午前 3:12]
*
旧埠頭。突端で、何かが燃えている。
缶の中で家族写真が燃えている。父の半分はもう黒い。
写真をつかみ、腿で火を叩き消す。指を焼く。
残ったのは、母と赤ん坊だけ。
缶の横で古い折りたたみ電話が鳴る。
OS:mio「ここが、あなたが私の死に場所にした所。」
真壁 修「娘と話させろ。」
OS:akari「お父さん?」
真壁 修「灯。怪我は。血糖は……」
OS:akari「大丈夫。お父さん、あの人がね、お父さんは知ってるって。」
OS:akari「なんで死ななきゃいけなかったのか。本当なの?」
ヘッドライトが修を照らす。
久我 玲奈「修さん! 電話を置いて!」
OS:mio「その人がいるなら、灯にはもう会えない。」
真壁 修「ああ。本当だ。」
OS:mio「旧フェリーターミナル。倉庫B。」
真壁 修「ここにいてくれ。頼む。」
久我 玲奈「20年前、私に嘘をついたのね。」
真壁 修「全員にだ。」
一人残った久我が、缶を撮る。
*
港の対岸に止まる車。遠くに埠頭の灯。
澪。泣いている。視線は揺れない。
後部座席で灯が眠っている。
真壁 澪「本当のことを言った。まずは、それでいい。」
*
ひびの入ったフロントガラス。ダッシュボードに焼けた写真とマフラー。
20 年前の埠頭。若い澪と若い修。
VO:mio「いつかあの子に話すって、約束したわよね。」
VO:mio「大きくなったら。」
無人の車が海へ落ちる。
澪は一人で歩き去る。振り返らない。修は赤ん坊を抱いて見送る。
現在。夜明けの光が顔に当たる。
*
旧フェリーターミナル。夜明け。沖にフェリー。
[午前 5:21]
真壁 修「灯!」
返事はない。
扉の内側から、トン・トン・トン、トン、トン・トン・トン。
汽笛。
[午前 5:40]
真壁 灯「お父さん。」
真壁 修「血糖は。お前……」
灯の手のひらに、使用済みのペン。修の手には、家から持ってきたペン。
真壁 灯「あの人が打ってくれた。量も知ってた。」
真壁 灯「さらわれたんじゃない。低血糖で倒れかけてたの。」
OS:akari「支えてくれた。車まで連れてってくれた。」
真壁 灯「残りは、お父さんが話すって。」
真壁 灯「手、やけどしてる。」
真壁 修「写真が燃えてたんだ。」
久我 玲奈「あの人はどこ、灯さん。」
真壁 灯「行っちゃった。もう一か所寄るって。」
*
久我 玲奈「家に連れて帰って。供述は明日でいい。」
真壁 灯「お父さん。なんでお母さんは死ななきゃいけなかったの。」
真壁 修「溺れてない。車は空だった。」
真壁 灯「じゃあ、なんで。」
真壁 修「お前を守るために、名前を捨てたんだ。」
真壁 灯「じゃあ、まだ私のお母さんだね。」
真壁 灯「帰ろう、お父さん。」
*
[玄関: 動きを検知 午前 5:52]
[娘が誘拐された。犯人は20年前に死んだはずの妻だった ― 第2話]
*
娘を連れ出した女の顔が、20 年前に死んだ妻と同じ。
澪は生きていて電話してくる。灯はインスリンを持っていない。期限は始発の汽笛。
20 年前、修は車が海に落ちる 45 分前に「妻が溺れた」と通報していた。
澪の車には灯用のインスリン一式。澪は灯の病気と量を知っている=ずっと見ていた。
修は娘に「(母が死ななければならなかった理由を)知っている」と認める。
回想: 澪は生きて歩き去り、無人の車だけが海へ。修は赤ん坊を抱いて見送った=死は二人で仕組んだ。
灯は引きずられていたのではない。低血糖で倒れかけたのを澪が支えていた(冒頭の映像の読み替え)。
修が初めて娘に話す: 澪は溺れていない、車は空だった、澪は灯を守るために名前を捨てた(何から守ったのかは第 2 話へ)。
結婚写真の裏に金庫。澪はダイヤルに手をかけ、廊下カメラを見上げる。中身と「何から守ったのか」は第 2 話へ。
【次章への問い】澪は灯を「何から」守るために名前を捨てたのか。そして写真の裏の金庫には何が入っているのか。