『夫が毎晩、隣の部屋で私の声と話している』
——午前二時、夫の書斎から聞こえるのは、私の声だった。夫は毎晩、私の声のAIと話している。問い詰めた紗代に、夫は「隣の部屋の声が、本物の君だ」と答える。
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午前二時、夫の書斎から聞こえるのは、私の声だった。夫は毎晩、私の声のAIと話している。問い詰めた紗代に、夫は「隣の部屋の声が、本物の君だ」と答える。
仁科 紗代(lead / 結婚五年目の妻)。
仁科 哲(lead / 紗代の夫。音声のエンジニア)。
暗い廊下。書斎の扉に耳を当てた紗代が、目を見開く。
視線の先に、文字が浮かび上がる——『夫が毎晩、隣の部屋で——』。
扉の下の青い光。中から紗代の声。
視線の先に、文字が浮かび上がる——『私の声と、話している。』。
仁科 紗代は胸の奥で呟いた。——おやすみ、哲。
題字は合成。
視線の先に、文字が浮かび上がる——『夫が毎晩、隣の部屋で私の声と話している』。
紗代の独白。時刻は午前二時。
視線の先に、文字が浮かび上がる——『午前2時』。
仁科 紗代は胸の奥で呟いた。——結婚五年目。夫は毎晩、午前二時に書斎へこもる。
*
翌朝の台所。哲が後ろから紗代を抱きしめ、首すじに顔をうずめる。何かを覚えておこうとするように、目を閉じて。
仁科 紗代「くすぐったい……。夜も、どこにも行かないでよ。」
翌朝。台所で包丁を使う紗代。指先を切る。
仁科 紗代「いたっ……」
指先の小さな切り口。血は出ていない。
仁科 紗代は胸の奥で呟いた。——血は、出ていなかった。気にしなかった。
*
その夜、深夜二時。紗代が書斎の扉を開ける。
モニターの前で、ヘッドホンの哲がマイクに話しかけている。
仁科 哲「今日も、君の好きな曲を聴いたよ。」
その瞬間、空気が凍りついた。画面の波形。
視線の先に、文字が浮かび上がる——『SAYO_voice_v12』。
仁科 紗代は胸の奥で呟いた。——ええ、私も好き。
その瞬間、空気が凍りついた。紗代がぞっとする。自分の声が答えている。
仁科 紗代は胸の奥で呟いた。——夫は毎晩、私の声のAIと話していた。
*
紗代が問い詰める。
仁科 紗代「私がここにいるのに! なんで、そんなものと!」
紗代が哲の襟をつかみ、奪うようにキスする。哲は応えず、目を閉じたまま動かない。
仁科 紗代「私を見て。声じゃなくて、私を。」
哲がヘッドホンを外し、長い沈黙。
仁科 哲「……紗代。今朝、包丁で切った指を見て。」
紗代の指先。朝の切り口が、そのまま白く閉じている。
紗代が自分の手首に指を当てる。脈がない。
仁科 紗代は胸の奥で呟いた。——脈が……ない。血が出なかった意味が、やっとわかった。
*
哲が涙をこらえて話す。
仁科 哲「紗代は一年前に死んだ。手術の前の夜、午前二時に、この声を録った。」
哲が画面の波形を見る。
仁科 哲「隣の部屋の声が、本物の君だ。」
紗代が震える声で。
仁科 紗代「嘘……じゃあ、五年の結婚は。私は、何なの?」
その瞬間、空気が凍りついた。哲が紗代を抱きしめ、額にキスする。モニターの波形が揺れる。
視線の先に、文字が浮かび上がる——『AIだったのは、私の方だった。』。
仁科 哲は胸の奥で呟いた。——それでも、毎朝、君におはようを言いたかった。
日常のわずかな綻びから始まった『夫が毎晩、隣の部屋で私の声と話している』の真実は、静かな余韻を残して幕を閉じる。だが、彼らが選んだその先の未来はまだ誰も知らない。