翌朝、僕たちはロボットを修理する施設へ行った。
ナギが借りた検査着に着替えると、名札をつけた技師が来た。ロボットを直す専門家だ。
「体の中に残っている、動作の記録を調べてもいいですか」
「はい。原因を知りたいです」
機械がつながれ、検査が始まった。
昨日のことを二人で説明してから、画面の前に並んで座る。
「壊れているのは、経験をもとに『自分らしさ』を作る部分です」
「休めば、戻りますか」
「いいえ。今も、少しずつ悪くなっています」
僕はナギの手を握った。いつもと同じ強さで、握り返してくれる。
こんなに普通なのに。
「直せますか」
ナギが聞いた。
「直せます。ただ、その部分を一度消して、作り直す必要があります。二人で暮らした記憶も消えます」
窓辺のテーブルが浮かんだ。
差し出された手。恋人になりたいと、言ってくれた夜。
「あの、恋人になった夜があるんです。その夜だけでも、残せませんか」
「記憶は、ほかの記憶とつながって、その人らしさを作っています。そこだけ安全に残すことはできません」
「じゃあ、保存して、あとで戻せば」
「壊れた部分まで、元に戻ってしまいます」
指が引かれた。ナギが僕を見ていた。
「映像や録音は、どうなりますか」
「残ります。修理のあとも見られます。ただ、映像を見て知ることと、自分の思い出として覚えていることは違います」
「恋人だったって教わっても、愛してた気持ちは戻らない?」
「はい。声や姿、基本的な動きは変わりません。でも、一緒に過ごした記憶と、それにつながる気持ちは失われます」
ナギは、つないだ手を見つめた。
「修理を受けなければ?」
「考えがまとまらなくなり、苦しむようになります。動けなくなる危険もあります」
説明の紙を、もう一度読んだ。
何度読んでも同じだった。記憶を残して助かる方法は、書いていなかった。
相談室に移ると、ナギが言った。
「修理を受けたいです。自分で決められなくなったときは、悠さんに代わりをお願いします」
技師はナギに、修理で何が起きるか説明してもらった。きちんと理解していると確かめてから、希望を登録する。
僕が代わりに同意できるのは、ナギが自分では決められなくなったと、施設が確認したときだけ。
それまでは、ナギ自身が決めるのだという。
「引き受けてくれますか」
僕はうなずいた。声は、少し遅れて出た。
「うん。でも、もう一度だけ調べてもらえませんか。全部消さずにすむ方法を」
技師がナギに向き直る。
「調べることはできます。ただ、待つ間にも悪くなります。それでも待ちますか」
待ってほしい。
言いかけて、僕は口を閉じた。
「結果を待ちたいです。私も、忘れたくありません」
ナギの手に、少し力が戻る。
「でも、別の方法がなければ修理を。悪くなったときも、待ち続けないでください」
「……分かった」
技師が、その約束も記録した。
帰り支度をするナギの荷物を、僕が持った。
まだ、忘れられずにすむ。
一瞬でもほっとした自分が嫌で、何も言えなかった。
修理は先送りになった。
一時間かけて、二人で家へ帰った。