二日後、技師から連絡があった。
調べ直しても、安全な別の方法は見つからなかった。
僕たちは二人で、その話を聞いた。
返事をしたあとも、端末を手放せなかった。写真や動画を見る、小さな画面。そこには、二人だけで見ると約束した動画が残っている。
「一緒に見てもいい?」
ナギがうなずいた。
画面の中のナギは、引っ越しの荷造りをしていた。青いカップを、白い紙で包んでいる。
『王様を箱詰めにしていいのかな』
撮っていた僕の声がした。
『移動中は庶民でお願いします。割れるので』
僕が笑って、画面が揺れる。ナギも笑って、包んだカップを持ち上げた。
隣のナギは、黙って見ていた。
「最初の日に、棚の上に置きたいって言ったのが始まりでさ。それから、何でも王様のせいにして」
「はい。カップを人にたとえているんですね」
「そう。運ぶときだけ、急に扱いが悪くて」
説明すればするほど、画面の笑い声が遠くなる。
「意味は分かります」
ナギが口元に指を当てた。
「ここで、笑ったんですね。私は」
もう一度、再生のボタンを押しかけた。
これを見れば。もう一回見れば。
……何を期待しているんだ、僕は。
「思い出そうとしなくていい。閉じるね」
「すみません」
「謝らないで」
それだけは、すぐに言えた。
なのに画面を閉じる前に、ほかの録音がいくつあるか、確かめてしまった。
寝室で横になったナギの手を握る。
返事が途中で止まるたびに、僕は握り直した。
「忘れられるのが怖い。知らない人になるのが」
しばらくして、ナギが答えた。
「今も、愛しています」
その言葉にすがりたくなった。
でも、続きがあった。
「でも、苦しいです。考えていることが、途中で分からなくなります。思い出そうとすると、もっと苦しくなります」
ナギの指が、ぎゅっと固くなった。
「忘れることになっても、生き延びたいです。修理を受けさせてください」
端末には、まだ別の笑顔が残っている。
別の動画なら、思い出せるかもしれない。
でも、そのために待つのか。またこの手が固くなるまで。ナギが苦しむのを、目の前で見ながら。
「……別の方法がなければ、待たないって約束したね」
ナギの指を、一本ずつ支え直した。
「結果を聞いたとき、すぐ連絡すればよかった。怖くて、動画を見せた。ごめん」
謝っても、ナギの手から力は抜けなかった。
僕はその手を離さず、施設へ電話をかけた。
「もう、先延ばしにしません。修理の準備をお願いします」
施設であらためて検査を受け、着替えを終えるころには、外は暗くなっていた。
修理室の手前の部屋で、技師が記録を開く。
「今のナギさんは、修理で何が起きるかを十分に理解して、選ぶことが難しくなっています。受けたいという希望は確認できました。ただ、今は一人で同意できる状態ではありません」
僕は黙って続きを聞いた。
「前に登録した希望にしたがって、悠さんに代わりの同意をお願いします」
技師がナギにも、修理を望むか聞く。
ナギはうなずいた。
「受けたいです」
同意書が置かれた。修理を認めるための書類だ。
最後の点検が終わったら、名前と、説明した内容をもう一度確かめるという。
紙には、ナギが自分で決めた希望が添えてあった。その下に、僕の名前を書く場所がある。
まだ何も書かれていない。
僕は、隣にある手に触れた。