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ヒューマノイドロボットと人間の恋愛 ・ AI BunCho 公式

第5話第三章 同じ声の他人 一節 あなたを救う同意

2026/10/18 公開・1,278字・👁️ 15 閲覧

「覚えていてほしい」

 僕はナギの手を、両手で包んだ。

「忘れていいとは、言えない。一緒に暮らしたことも、恋人になったことも、残してほしい」

 指が、かすかに動く。

 返事は急がせなかった。

「でも、そのために苦しみ続けてほしいわけじゃない」

「……修理を、受けたいです」

 途切れながら届いた声に、僕はうなずいた。

「うん。もう、待たせない」

 それで終わりにするはずだった。

 なのに、言葉が出てしまった。

「あとで記録を見て、また一緒に暮らせたら」

 ナギは僕を見た。口を開いて、何も言えずに閉じる。

 少し待つと、小さな声が聞こえた。

「そのときの、私に……聞いてください」

 つないだ手が、ほんの少し引かれた。

「今、約束を……しないでおきたいです」

 恋人になった夜は、本当の答えを聞きたいと言えた。

 今はどうだ。

 まだ聞いてもいない答えが、こんなに怖い。

「一緒にいたくないって言われても?」

 ナギが目を伏せた。長い沈黙のあと、うなずく。

 僕がうなずき返すまでには、もっと時間がかかった。

「分かった。ちゃんと聞く」

 技師が、もうすぐ点検が終わると知らせに来た。

「愛してる、ナギ」

「愛しています。悠さん」

 名前を呼ばれただけで、手を離せなくなった。

 ナギが指を伸ばす。

 僕が握ったままじゃ、離せない。

 分かってる。分かってるんだ。

「うん」

 一度だけ返事をして、指を開いた。

 修理室の前で名前を確かめ、技師が示した書類を読んだ。

 代わりに同意する僕が、何を選ぶのか。起きることと、その危険を、自分の言葉で説明する。

「二人で過ごした記憶と、それにつながる気持ちが消えます。声や姿が同じでも、僕を愛しているとは限りません」

 技師がうなずき、名前を書く場所を指した。

 ペンの先を当てる。小さな点ができた。

 自分の名前だ。何度も書いてきた。

 それなのに、最初の線が書けない。

 紙の上には、ナギの希望があった。

 忘れたくない。それでも、生きたい。

 ナギ自身が選んだことだ。

「引き受けます」

 あの日の問いに、もう一度答えた。

 悠、と書く。

 最後の線で手が止まって、インクが少し濃くなった。そのまま、ペンを置いた。

 技師は書類を確かめ、ナギにも修理を望むか聞いた。

「お願いします」

 僕は、その声を聞いてから戸口を離れた。

 扉が閉まる。

 表示が光った。

 ――消去開始。

 名前を書いた手を、もう片方の手で押さえた。

 まだ、ナギの苦しみが終わったという知らせはなかった。

 その夜は、施設の休める場所で過ごした。

 翌朝、待合室に技師が来る。

「修理は成功しました。もう苦しんでいません。今回の故障で動けなくなる危険も、なくなりました」

 僕は、止めていた息を吐いた。

 ひざの上の手から力が抜ける。

 しばらくして、自分が泣いていることに気づいた。

 助かった。

 よかったね、ナギ。

 そう言って、二人で喜びたかった。

 報告書には、修理後の動きが安定していると書いてあった。記憶も、予定どおり消えていた。

「会えますか」

「ナギさんが会いたいか確かめてから、ご案内します」

「お願いします」

 技師が席を立つ。

 僕は、一緒に帰るつもりで持ってきた荷物を足元へ寄せた。

 中には二人分の上着がある。

 まだ、どちらも取り出せなかった。

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