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ヒューマノイドロボットと人間の恋愛 ・ AI BunCho 公式

第6話第三章 同じ声の他人 二節 知らない客

2026/10/18 公開・1,494字・👁️ 19 閲覧

 午前十一時。面会室に入ると、検査着のナギが顔を上げた。

「はじめまして。どうぞ、お掛けください」

 同じ声だった。

 僕は返事をする前に、いつものように隣へ行きかけた。

「こちらの椅子をお使いください」

 向かいの席を示される。

 ああ、そうか。

 今日は、ここなんだ。

「悠です」

「悠さん。私に会いたいと聞きました」

 初めて呼ぶ名前を、確かめるような言い方だった。

 机の上に、何度も握った手がある。

 触れかけた自分の手を、ひざに戻した。

「今、苦しくない?」

「はい。検査でも問題はないそうです」

「よかった」

 その先が出てこない。

 ナギは急がせず、僕が用件を話すのを待っていた。

 ひざの上で、端末の入ったかばんに触れた。

「修理する前のこと、少し知りたい? ナギと、僕のこと。聞きたくなければ、話さない」

 ナギは考えてから答えた。

「聞きたいです。私が、あなたとどう過ごしていたのか」

「一緒に暮らしてた。二人で部屋を選んで、テーブルを窓辺に置いた」

 ナギがうなずくのを待つ。

「恋人だった。僕は今も、ナギを愛してる」

 机の向こうで、指が組み直された。

「そうでしたか」

 困っているのは分かった。

 でも、懐かしそうではなかった。

「動画や録音もある。でも、今、見てほしいって話じゃない」

 かばんから手を離した。

「これからも一緒に暮らしたいと思ってる。……ナギは、どうしたい?」

 本当の答えを聞く。そのために聞いたんだ。

 そう思っても、うなずいてほしくて、顔を見つめてしまう。

 ナギが目を伏せた。昨日と同じしぐさだった。

「私は、あなたのことをまだ知りません」

「うん」

「前に恋人だったからといって、今も恋人として暮らすことはできません。しばらくここで体の調子を見てもらって、そのあとも、施設の方と相談して自分の生活を決めたいです」

 僕は机の端を握った。

 それなら、もう一度。最初から、僕を知ってもらえば。

 のどまで出かかった言葉を、飲みこんだ。

 ナギは組んだ手をほどいた。でも、その手は僕のほうへ伸びてこなかった。

「本当の希望を言ってくれて、ありがとう」

 声が震えた。

 ナギは何か言いかけて、やめた。きっと大丈夫、なんて約束はしなかった。

「会ってくれて、ありがとう」

 僕が椅子を引くと、ナギも立ち上がった。

「お気をつけて」

 知らないお客さんを見送る声だった。

 最後まで聞いてから、僕は頭を下げた。

 その日の午後と翌朝で、部屋を出るための荷造りをした。

 僕の物とナギの物を、別々の箱に入れる。

 ナギの荷物は、施設の人に聞いてもらい、本人の希望どおり施設へ送ることになった。中身を書いた紙も入れた。

 動画や録音は入れなかった。残してあることだけを伝えた。

 見たくなったら、ナギから言ってもらおう。

 棚の一番上に、青いカップが残っていた。

 背伸びして、取る。

 王様を迎えに来たよ。

 いつもの冗談は、声にならなかった。

 洗って乾かし、白い紙で包む。割れないように、ほかの食器の間へ入れた。

 翌日、ナギの箱は施設へ、僕の箱は新しい住まいへ送った。テーブルと二脚の椅子も、部屋を返す日までに運んでもらう手はずを整えた。

 部屋の図面を畳む。ここにテーブルを置きたいと書いた文字を、内側にした。

 二人分のマットを片づけて、テーブルを拭く。

 向かいの椅子には座らなかった。

 椅子を引いても隣を通れるだけの場所は、今も空いている。ナギの希望どおりだった。

 記録の入った端末を、かばんにしまう。

 誰にも見せない約束も、愛している気持ちも、僕の中には残っていた。

 ナギは施設で、体の調子を見てもらっている。

 もう、苦しんでいない。

 かばんを持って、戸口に立った。

 部屋に向かって口を開きかけて、閉じる。

 一人で外へ出た。

 鍵をかける音が、小さく響いた。

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